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zoom RSS [雑記] 名前とアイデンティティの問題

<<   作成日時 : 2014/11/28 00:21   >>

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昨日、帰化の許可に関する報告をブログに書き込んだ後、Facebookでも同様の報告をし、Facebookのライフイベントの項目に「日本国籍を取得」という項目を作ったところ、これまでに3件のコメントを頂きました。

まず最初に書き込まれたのは、FBなどでよくやり取りをさせて頂いている日本人の友人から「おめでとう」というコメント。
続いての2件が、在日コリアン2人からコメントが書き込まれたのですが、これが、どうも妙な具合で、ニュアンスを伝えるのがすごく難しいのですが「個人的には日本国席取得には賛成です。」としながら「祝う気にはなりませんが。」とあったり、「永住を前提にしてるなら朝鮮系日本人でも別にかまわないと、個人的には思ってます。」としながら「ただ、自分の出自を恥ずかしいと思い込んで隠すような根性をもってる人は情けないなと思いますが。風評に流されて自分の親や祖先まで恥の一部に加えようとする輩は、ナニ人に自分を変えようとも立派な人間にはなれっこありません。」と、国籍取得そのものは賛成、と言いつつ、なぜかかなり攻撃的なニュアンスを含む内容でした。

しかも、実はこのうち一人は共通の知人はいるもののほとんど面識のない方です。

はてさて、私はなぜこの二人にこのように攻撃的なコメントを残されているのだろうか。
全く思い当たることがなく、コメントを受けて小一時間一生懸命考えた末、はたと思い当たりました。

もしかして、この二人は、私が「手塚」という、日本式の姓に変えた事に対して、出自が在日であることを隠そうとしていると受け取ったのか、と。

言い訳でもなんでもなく、自分の出自が在日であることを隠そうなどという意図は100%、全く持たずに決めた名前だっただけに、本当にこの考えには思い至らず、また、在日社会に比重を置いている人達の中には、ただ姓を日本式に変えたという事実だけを持って、このような受け止め方をする人がいるものなのかと、愕然としました。

そもそも、出自を隠そうとするのであれば、「金」の名前を使ってSNSなんかやりません。

他の皆さんにとって名前というのが何ほどの大きなものを意味するのかは知りませんが、私にとって名前とは、あくまで個人を識別するためのただの記号であり、そこに何のこだわりもありません。
名前が変わったからと言って、私が私であるという事実が変わるわけではなく、名前を変えたからと言ってこれまでの歴史や人格、性格、能力が変わるわけでもありません。
名前というのはしょせん、他者と区別するための記号でしかない、というのが私の考えです。

では、なぜ今回、帰化に当たって姓を変更することにしたのか。

私は当初、現在の「金」という姓をそのまま使い続けようかと考えていました。
これは単純に、これまで金で生活しており、これを変更するとなると、住民票や運転免許証、銀行口座などなど、同時に変更しなければいけないものが多数出てきてしまうことが明らかでしたので、単に「面倒だから」という理由でした。
ただ、妻の方からは、「姓が一緒になるにあたって、それはちょっと自分として抵抗がある」という意見が出てきました。

このため、私がそこを譲りました。
自分が全くこだわらない部分に、ともに暮らす人間がこだわりを感じているのであれば、どうでもいいと考えている人間が譲る方が摩擦が少なくて済みますから。

そこで、妻の旧姓を名乗るという選択肢もありましたが、そこは妻の意見として、「結婚するのであれば、自分の旧姓ではなく夫の姓を名乗りたい」という話がありました。
私にはあまり理解できない感覚ではありますが、日本的な習慣としてはごく普通の感覚でしょうし、私としては別にそこを強く否定してまで、無理に妻の旧姓を名乗る必要も感じません。

そこで出た結論が、「じゃぁ、自分たちで好きな名前を決めよう」と。

そうして検討した結果、出てきたのが「手塚」という名前で、由来は、二人とも漫画が好きなため、尊敬する某神様の名前を勝手にご拝借した、という次第です。

母親にこの話をすると、返ってきたのは「何バカなことをやってるの!名前ってそんないい加減なものじゃないでしょう」という猛烈な拒絶反応でした。
というか、そうなるだろうと予想していたので、事前相談はせず、事後報告しかしなかったのですが…。
おそらく、FBにコメントを寄せてくれた2人も、朝鮮式の名前を捨て、日本式の名前を名乗るということが、同じような感覚だったのではないでしょうか。

しかし、私にとって自分の名前というのはその程度のものであり、周囲の人々が、その記号を用いれば、私を指しているのだ、ということさえわかればそれで十分なのです。
なぜなら、誰が私を何と呼ぼうと、私が私である事実に変わりなく、また私が朝鮮国籍を持っていようが、日本国籍を取得しようが、何という名前を名乗ろうがやはり私は私であることに変わりはなく、周囲が私を何人と認識しようがただの人間であることには変わりないのですから。



コメント自体は無視しても全く問題なかったのですが、誤解を解く、というか自分のスタンスははっきりさせておいた方がいいかな、ということで、このエントリーを書きました。

まぁ、おそらく、私のような人間は少数派なのでしょうから参考になるようなものではないと思いますが、中にはこういう考えで名前を決める人間もいるんだ、ということで、ご理解を頂ければと思います。


あ、もう一つ、もしかしたら誤解があったかもしれないので書き加えておくと、最初に友人が寄せてくれた「おめでとう」は、別に、「日本国籍が取れてよかったね!」という意味ではありません。
半年以上の時間をかけて、煩雑な手続きを経て書類を提出した申請が、拒否されず、無事に許可された、つまり、労力が水泡に帰すことなく実ってよかったね、という意味であり、「ご苦労様」というだけですので、誤解なく。



ではでは〜〜〜。

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