ヤメ記者SEの徒然なるままに…

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zoom RSS [雑記] 新聞の質と記者の仕事

<<   作成日時 : 2014/03/25 01:28   >>

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明日、ここ何回かシリーズで書いている国籍変更手続きの件でまた法務局に行く予定になっているので、ブログの更新はそれから、と思っていたのですが、古巣の新聞社の記事が本日ネット上をにぎわせているようなのでちょっとだけ自分が思ったことなどを書いておきます。

問題となっているのがこの記事。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/desk/article/77391

で、どんな賑わいを見せているか、というのを知りたい方は、以下のまとめをご覧ください。URLをキーに検索した結果です。
http://togetter.com/li/646578

こんな感じにいろいろ出てきます。
更には、大学で講義を持っている、なんて話もあるようで…
https://twitter.com/takemita/status/447920621830553600

私はこのデスクの方は直接的には一緒に仕事をしたことが無いので存じ上げませんが、話題になっている文章を見ると、この数年批判を浴びている新聞記者の悪いところが濃縮されて出てしまっているような気がします。

私の意見の大きな部分は藤代さんのFacebookの投稿へのコメントとして書かせていただきました。
https://www.facebook.com/fujisiro/posts/10152322152789776?stream_ref=10

基本的な部分はここに書いた通りですが、自分の体験などを交えつつもう少し書いておきます。

新聞記者時代によく言われたのが、上にも書いた「なんでも書けなきゃいかん」というもの。

新聞の制作現場を知っている人は多くないと思いますが、休刊日以外毎日仕事がある新聞社では、「当番デスク」というのがあります。だいたい15年以上現場で新聞記者をやった人たちが毎日交代で担当するポジションで、その日、現場の記者から集まってきた原稿をチェックして、紙面全体を組み立てていく責任者のような役割を担います。

たとえば新人時代、某自治体の教育委員会が、史跡の発掘で大きな成果を上げた、という発表記者会見があった際、正直、私は全く何の知識もない中で取材をしていました。
というのも、私は在日朝鮮人として朝鮮学校で教育を受けていましたので、日本史を学校教育として受けたことが無いからです。
個人的には歴史の話は別に嫌いではないし、漫画や小説などを読んである程度の大まかな知識はありますが、しかしそれは、発表の内容を受けて解説をかけるほどしっかりした知識ではありません。
そんな、素人にも劣るような人間が現場で取材をするのですから、そもそも「今回の発表はどこがすごいのか」すらわからない、手探りの状態で取材をしていました。ですので、この手の記事で、「この記事は会心の出来!」といった自信を持って、みんなに読んでもらいたい、と思えるような記事は書けたためしがなく、正直、「何か間違いがないだろうか」と、内心、「間違いさえなければいい」という思いで書いていることがほとんどでした。
一方で、ではそれをチェックするデスクはどうかというと、やはり同じで、考古学の知識を持っている人なんてほとんどいません。もちろん、中には若手のころの経験や、個人的な趣味嗜好が高じて、しっかりした知識を持っている人もいて、「この原稿のこの部分はおかしいから、しっかり確認してみろ」などと指示・指摘をしてくる方もいるのですが、史跡の発表がある日にこうした知識のある人がたまたま担当の当番デスクをやっている、なんていうことはまれで、多くの場合、自分の考古学・歴史の知識と照らし合わせて誤りを指摘してくるのではなく、「この点が書かれてないけどこれはどうなっているか」とか「この書き方じゃわかりにくいから、こういう風に書いたらどうだ」といった形で、記事原稿として不明な点を指摘してくる、という人が多いです。

先のコメントにも書いた通り、現代はあまりに社会が細分化・複雑化しているため、すべてを網羅するようなことは事実上不可能ですので、こうしたデスクたちに非がある、という主張をしたいわけではありません。紙面上に掲載する記事のコンテンツを誇るメディアであるのならば、たとえば当番デスクのように、一通り紙面全体を見る人は交代で要るにせよ、その人が良くわからない問題の記事があるときには、それなりのしっかりした知識・下地がある人が当該記事についてはデスクワークをしたり、または発表物だからといって無理にその話題を載せるのではなく、たとえ他紙と比べて多少の遅れがあったとしても、しっかりとみられる人がきちんとチェックしたうえで原稿を掲載するべきなのではないか、と思うのです。


また、専門記者が軽んじられている風潮という事では、たとえば文化部の記者に対する社内のほかの記者たちからの評価などがありました。
私は個人的には文化・芸術面で掲載されているような記事が結構好きで読んでいましたし、たとえば美術史を紐解きながら詳細する作品の歴史的な位置づけを紹介し、読者の興味を引き付ける文章を書いているそうした記者の人たちを尊敬していましたが、社内の、たとえば社会部や経済部の記者と話をすると、「あの人はちょっと変わっているから」とかいう類の評価が多かった気がします。
(恐らく、全社的に探してもその人にしか書けないであろう)質の高い記事を、しっかりした取材に基づいて書いているにもかかわらず、自分たちのように日々ニュースの最前線で他紙と競っている(と思い込んでいる)記者にとっては、その記事は高い評価を与えるものではないようでした。


掲載記事の質に関わらず、他紙に遅れてニュースを掲載するのは負け。
そんな風潮で狭い業界内で競い合っているから、記事の質が低下していくことにもなかなか気づきにくくなっているんではないでしょうか。


あと、最後に2点だけ、問題の記事について直接的に気になった点を書いておきます。

  • 「難解な言葉で自己陶酔する世界観が学術界に広がっていないだろうか。」とありますが、学術界で書かれる論文はそうした素人に向けたものではなく、同じ分野の勉強をしている、スペシャリストに向けての言葉で書かれているものなのですから、その意味が分からないのだとすればそれは己の不勉強を恥じるきっかけとするべきものであり、それが市井の人々に知らされる必要のあるべき情報だと考えるのであれば、それを翻訳し、わかりやすく解説するのがジャーナリストとしての記者の仕事だろうと思います。

  • 「ネット上の論文には」とありますが、ネット上に掲載されようが学会誌に掲載されようが論文は論文です。紙が高尚でネットが低俗、という新聞社がいまだに抱いている悪しき幻想を、ここまではっきり言葉にしてしまっては、市井の人々から「時代遅れ」と笑われる道しか残っていません。


というところでしょうか。

では。

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